自然に左右される不安定な収入や、農業従事者の高齢化など、日本の農業はさまざまな課題を抱えています。とくに家族経営の農家では、労働負荷が大きいことからから担い手の減少が深刻化しています。
今回は、スマート農業に積極的に取り組み、その一環としてマッスルスーツを導入した、栃木県大田原市にある岩城農場を訪ね、農業の現場でマッスルスーツが果たす役割や変化、今後の期待についてお話を伺いました。
▼ご利用中のマッスルスーツ:ソフトフィットSMサイズ
スマート農業を推進するピースに!農業の未来を変える“省力化”の意義とは【米農家 岩城様】
人材不足、スマート農業の推進で省力・効率化がカギ
―― 岩城善広さんは、もともと農家というわけではなく、サラリーマンから転身されたとお伺いしましたが、転身されたきっかけや経緯を教えてください。
農家を始める前はIT企業でエンジニアとして働いていました。そこで妻と出会い結婚したのですが、妻の実家がここ大田原市で農家を営んでいたんですね。そこで農家が減少している現状を聞いていくうちに、妻の農家を途絶えさせていけないと考えるようになり、いろいろ悩んだ結果、40歳を目前に妻の実家の農業を継ぐことを決意して移住してきました。
―― たしかにここ数年は、農業を積極的にサポートする国の施策も増えていることからやや回復傾向にありますが、自営による農家の減少は歯止めがかからない状況ですね。離農する人が絶えない、そのおもな原因は何だと思いますか?
農業は天候に大きく左右されることから収入が不安定だったりいろいろな原因が考えられますが、やはり農業の仕事そのものが大変だということが大きな理由ではないかと思います。
はじめた頃は、私も「なんて非効率なことをしているんだ」と思っていろいろ改善しようと試みたのですが、ことごとくうまくいかないんですね。長年、農家が何世代にもわたって培われてきた経験とノウハウは、当たり前ですがそれぞれに意味があって、変えることはとても難しいことなんだということを学びました。農業は、楽をしたらいいものはできないんです。
だから大規模な農家と比較すると、私たちのような家族経営の場合、一人ひとりにかかる作業の負荷はどうしても大きくなってしまい、その厳しい労働環境から離職せざるを得なくなった人が多いのだと思います。
農家に転身したときから考えていたのは、いつまでも両親に頼るわけにはいかず、いずれは夫婦ふたりで作業をしなければならなくなる時期がくること。これは家族経営の多くの農家に共通する悩みですが、この問題を解決するためには、スマート農業を推進していくと同時に、さまざまな作業で省力化を図る必要があると考えています。
40kgの袋を1シーズンに約800袋、年齢を重ねても継続できるか
―― そもそもマッスルスーツを導入されたきっかけを教えてください。
楽をするという意味ではなく、どうすれば個々の作業を効率よくこなすことができるかということは常に考えていますが、その中で新聞でマッスルスーツの存在を知り、興味を持つようになったのがきっかけです。
―― 導入する決め手となったのは、どのような点ですか?
おもしろいなと思ったのは、モーターや電気を使わない点と、自由度の高さです。農業の現場は野外で、また広い範囲で行動するため、コードが必要な器具や、重いものは実用的ではないと考えていました。また、一番、負荷がかかる袋を持ち上げるという作業ではリフターを使ったりしています。これはこれで便利なのですが、でもリフターがある場所でしか使えません。その点、マッスルスーツは電気を使わず、背負うだけでどこにいても使えることから、さまざまなシーンで労働負荷の軽減が可能になるのではないかと考え、導入することにしました。
―― 現在はどのようなシーンでマッスルスーツを使用していますか?
おもに肥料(1袋20kg)を軽トラに乗せるときや、収穫後、農協に出荷するために、袋詰めした作物を同じように軽トラに乗せるときなどに使用しています。岩城農場ではお米のほかに、大豆や麦を栽培していますが、30kgから40kgの袋を1シーズンに約800袋以上、繁忙期は1日100袋を運ぶこともあります。
―― 運搬作業となると作物を積んで降ろすので、単純計算をすると100袋を運ぶのに200回は袋を持ち運ぶことになりますね……その運搬作業は、分担されておこなうのですか?
もちろん、妻や父に手伝ってもらっていますが、袋詰めした作物を軽トラに載せていく一番大変な作業は、ほぼ私ひとりでやっていますね。今のところ私もまだ若いのでなんとか腰痛に悩まされることもなくこなせていますが、いずれは両親も引退して、私も肉体的に厳しくなっていく日が来るでしょう。でもこのマッスルスーツがあれば、作業が大幅に省力化できるので、その寿命を少し伸ばすことができるのではないかなと思っています。
肉体的にも精神的にも楽になったことが、前向きに継続する力に
―― 実際にマッスルスーツを使ってみて、どのような変化がありましたか。
この運搬作業が省力化されることで作業効率はよくなり、時間的にも少し短縮できていると感じています。あと何より腰への負荷がだいぶ軽減されましたね。30kg、40kgの袋を数個、運ぶのであればそれほど疲れることはないのですが、それを1日100回も繰り返すとなると、ダメージも大きくなっていって、さらに連日おこなっていると疲労が蓄積されます。うちのように、米、大豆、麦と1年中、作業をおこなう農家にとっては、1回1回の負荷だけでなく、蓄積される疲労も軽減できることは、精神的にもとても大きなメリットになると感じています。
―― 「精神的なメリット」というと、具体的にどういう点が挙げられますか?
もちろん、袋を持ち上げる瞬間も大変ですが、実際の疲れはその時々よりも仕事が終わったときや、次の日の朝にじわじわとくるんですね。朝起きて、腰が重いなと感じたら、仕事に行くのが億劫になる。それはたとえマッスルスーツを使用したからといってゼロにはなるわけではありません。でもそうした後ろ向きになる日が減って、気持ちに余裕が持てるようになるということは、すごく大きな進歩だと考えています。たとえば、稲刈りは1カ月半くらいかけておこなうのですが、毎日、いやな気持ちになっていたら続かないですよね。「腰が重いな、つらいな」と思いながら仕事に向かうのと、「今日もがんばろう」と思って仕事に行くのとでは、全然違いますから。
―― 肉体的な負荷だけでなく、気持ちに余裕が生まれることで精神的にも楽になったということですね。
はい。こうしたマイナス要素をひとつひとつ取り除くことは、農作業の効率化にもつながるし、ひいては離農を減らす力にもなるのではないかと考えています。
農業=つらい仕事、ではない。ツールの活用が農家の未来を明るくする
―― マッスルスーツを実際に使用してみて、改善してほしい点などはありますか?
今でこそ自分の体と体力に合わせた空気の調整具合や、背負い方のコツがわかり、とても便利に使わせてもらっていますが、最初の頃は、装着がしっくりきておらず、十分にマッスルスーツの機能を引き出せていなかったんですね。それをイノフィスの担当者に間違いを指摘されて修正したところ、かなり変わったので、できれば使用する前のレクチャーや説明動画などで、体へフィットさせるポイントをしっかり確認しておくといいのではないでしょうか。
―― 最後に、今後マッスルスーツに期待するがあれば、教えてください。
今は重いものを運ぶ作業は私がメインでおこなっていますが、もしもケガや病気になったら生産性は著しく落ちてしまいます。これは多くの家族経営の農家に共通する課題です。この課題に対してマッスルスーツは、軽くて慣れれば難しいセッティングも必要がなく、比較的簡単な手順で使えることから、女性や年輩の方でも使うことができます。つまり、将来的には力仕事も夫婦で分担できるようになるのではないかと思っています。少ない労働力を最大限に活用できるということは、家族経営の農家にとって大きなメリットになるでしょう。
スマート農業を推進していくためには、効率化と同時に省力化も進めて行くことが必要です。そこにマッスルスーツのようなアシスト器具が大きな役割を果たすのではないかと期待しています。アシストするロボットや機械がもっと進化して、こうした力仕事をサポートしてくれるようになれば"農業=過酷な作業"というイメージも払拭され、農業離れを食い止めるきっかけになるかもしれません。
農業は、経験を積み重ねるほど熟練されていきますが、体力の衰えから長く続けられない、過酷な仕事と言われています。2019年の農業就業人口の平均年齢は、66.8歳。この現状をふまえ、若手の担い手を増やすには、労働負荷の軽減が急務とされています。岩城さんが考えるように、マッスルスーツがスマート農業を推進するひとつのピースとなり、農業が抱える労働力不足や、高齢化問題を解決する一助になれることを願っています。