東京都立赤羽北桜高等学校は、令和初の都立高校として令和3年4月に開校し、「保育・栄養科」「調理科」「介護福祉科」の3つの科を併せ持つ専門高校。教育理念のひとつに「専門分野への興味・関心の喚起とプロ意識の涵養(かんよう)」をあげ、3科ではそれぞれ家庭分野、福祉分野における専門的知識・技術と共に倫理観、広い視野の育成を教育目標として掲げています。
今回は、その介護福祉科でマッスルスーツを使用した「生活支援技術」の授業があると聞き、訪問したときのレポートをお届けします。
【視察レポート】介護福祉のスペシャリストを養成する専門高校で、マッスルスーツを活用した実習
介護福祉のスペシャリストを目指す生徒たちに、装着方法をレクチャー
開校したばかりの赤羽北桜高等学校 介護福祉科の生徒は、まだ全員が1年生。30数名の生徒たちが、熱心に実習に取り組んでいます。
この日はマッスルスーツを使用した実習の2回目でしたが、数カ月ぶりに触れるマッスルスーツの装着方法を1回目に続き指導してくださったのは、社会福祉法人友愛十字会砧ホーム・鈴木健太施設長でした。
砧ホームでは数年前からマッスルスーツを導入、現在も多くの介護スタッフのみなさんで使用中です。鈴木施設長が力説するのが「『装着の仕方』によって、その後の活用の運命が大きく左右されます。まずは装着の仕方について、十分レクチャーを受けること」。
装着前に15分ほどかけて、生徒たちに丁寧にコツを伝授していきます。
移乗介助と抱き起こしの実習
鈴木施設長のレクチャー後はいよいよ生徒たちの番。マッスルスーツを装着し、ベッドから車椅子への移乗介助や、ベッドでの抱き起こしの実習が始まりました。
久しぶりのマッスルスーツを使った実習講義ということもあり、ときおり楽しそうな笑い声が聞こえるものの、実習中はみんな真剣そのもの。 「腰ベルトの位置が上すぎだよね、もうちょっと下じゃない?」などと先生方やグループの仲間同士で確認し合って、だんだんと形になってきました。
先生の指導を熱心に聞き入りながら動作の練習をしている生徒も多く、移乗介助の練習では「身体ヨコ向けますね」「足下ろします」など、みんな優しい声かけをしながら動作に移っていきます。
実習を終えて
実習後の生徒から、こんな感想がありました。
「付け方を忘れていて、最初はあまりうまく使えなかったが、もう一度教えてもらったら身体に負担のないような使い方がよく分かりました」
とはいえやはり高校生、そもそもまだ身体が強く、腰の悩みには無縁の生徒たちがほとんどです。実習を見ていても、マッスルスーツなしで軽々と同学年の生徒を抱え上げられる生徒もおり、実際どこまで10年後20年後を見据えた長い目で自分の身体のことを考えられるのか、まだ実感が沸かないのが本音なのかもしれません。
そんな北桜生たちに、鈴木施設長から最後のメッセージがありました。
――みんなはまだ若いから「(マッスルスーツのような装着型介助支援ロボットは)なくてもいいよ」と思うかもしれないが、実際に介護の現場で起こっているのは今までは大丈夫だったが、どこかのタイミングで腰に無理がくる、ということなんです。
移乗をしていても、腰がつらいとつい「早く利用者さんをベッドに下ろしたい」と無意識に思ってしまう。それで「よっこいしょ」と勢いで身体を抱え上げ、下ろすときもゆっくり下せず「ドーン」とやってしまう。それが、マッスルスーツを着けていると腰の負担がないので楽に抱え上げられ、下ろすときもゆっくりと下ろすことができる。そんなとき、利用者さんに「あなた、介助上手くなったね」と言われてうれしかったというスタッフがウチの施設にも多くいます。安心してゆっくり介助ができる、それが利用者さんへのサービスの質の向上にもつながります。
私たちの暮らしは道具を活用して進化してきました。介護もそう。現代ではいろいろさまざまな介助・介護用具がありますが、道具が進化することによって、利用者さんも介助者も楽になる。できるだけ負担の少ない介護を。道具を活用して、お互いに楽しみながら介護をしていきましょう。
北桜生へのインタビュー
90分間の実習を終えて、北桜生の生徒・Yさんにお話を伺いました。
――どのようなきっかけでこの学校へ?
Yさん: 小さい時から祖父母や地域のお年寄りにたくさんお世話になってきていろいろと支えられてきました。だから、将来自分は高齢者の方を支えられるような存在になりたいと思うようになりました。
――介護の現場と、近所の高齢者とは接し方も違うのでは?
Yさん: はい。夏に11日間の介護実習に行きました。学校で学んだ技術が実習先でもかなり活用できました。学校では利用者さんは同級生ですが、実習先で本物の高齢者について学ぶことはたくさんありました。この学校だからこそ実践的に学べるのはとても良いと思います。
――卒業後はどうしたい?
Yさん: この高校を卒業したら、介護福祉士として働きたいです。今まで学んできたことを活かして、自覚と責任をもって、人の喜びや幸せのために行動できるような人になりたいです。
指導者の立場から
赤羽北桜高等学校 初代校長 富川麗子先生
介護福祉科で学んだ生徒たちが、社会で活躍する頃には、さらにロボットやITが進化していることが予想されます。そのような社会の中で、ロボットやITなどを活用していける力を身に付けさせていきたいと考えています。本校を卒業した生徒が学んだことを活かして、福祉分野で力を発揮してほしいと願っています。今後生徒たちが福祉に携わっていくなかで、新しいことにも意欲的に取り組み、福祉分野のエキスパートとして活躍していくためにも、今回の「マッスルスーツ」の実習は、使い方だけでなく、その意味について考える、貴重な体験であったと思います。
同校 千田高央教諭
1回目の使用では「介護用具というより、ただ面白い体験」という感じでしたが、2回目の今日はプラス面だけではなく、「歩きにくさ」などのマイナス面も含めて生徒たちが気づけたというのは、反応としてよかったと思います。
福祉に間違いはあっても正解はない。何が正しいのかを常に探って、「これでいいんだ」ではなく「常に向上すること」を追求していってほしいと思っています。
視察を終えて
今回の視察では、生徒たちの「この時間で、ありったけのものをすべて吸収しよう!」とする意欲をとても強く感じたひとときでした。目をキラキラさせながら、スポンジのように介護や福祉に関する知識や体験を吸収している北桜生のみなさんが、いつか介護や福祉の現場でいきいきと活躍される日が来ることを、心待ちにしています。